続 吉原編 (番外)

吉原花柳界の痕跡は、今となってはもう「昔まぼろし・・・」になってしまいました。

しかし、確かに続いていたと言う記憶と記録として、多くの方に知って欲しいと言う思いから、手元にある資料などから、皆さんにご紹介しようと思います。

 

 

元は日本橋(人形町)吉原から~新吉原(台東区千束)に移転。

明暦の大火1657年)で日本橋の吉原遊廓も焼失。その後浅草田んぼに移転を命じられた。以前の日本橋の方を元吉原、浅草の方は正式には新吉原(略して吉原)と呼ぶ。

江戸城の北に当たるところから「北国(ほっこく)」「北閣(ぼっかく)」または「北州(ほくしゅう)」などと呼ばれていました。

 

 

 

この写真は、吉原にあった「料亭松葉屋」さんの全景です。

花魁ショーなどで人気を博し、国際観光料亭として、はとバスなどの観光コースにもなっていました。引き手茶屋から~観光料亭へと変わり多くのお客様の愛されていました。

 

存続していた吉原芸者も、この松葉屋さんが抱え、当時、幇間衆も松葉屋抱えで数名存在していました。

これが現在の松葉屋さんがあった場所。

まったく同じアングルです。

変っていないのが、道路標識だけであります。

 

玄関は趣のある雰囲気で、その入り口の門は吉原大門を模して作られていたとも聞いています。

今ではその姿も消えてしまい、現在ではマンションになっています。

 

松葉屋本館の廊下・・・・。

 

玄関から上がるとこのような雰囲気でした。

写真の奥に写っているのが玄関。

 

 

松葉屋内、芸者部屋でのひとコマ。

三味線の調子を合わせているのは、故 歌代姐さん・・・。

既に残念ながら他界されていますが、この部屋に吉原芸者衆が詰めていました。

三味線や鳴り物なで囲まれていました。

最後に、この写真は1989年に行われた「吉原花魁道中」の時の写真です。

先頭に吉原芸者衆の木遣り、そして手古舞が練り歩き、その後ろから花魁道中一行が練り歩くと言う順序になっていました。

この頃は毎年、この様に花魁道中が吉原で行われていたのです。

 

写真には最後まで現役で頑張られていた、故 みな子姐さんもしっかり写っています。

 

 

懐かしき当時の様子・・・・・。

数少ない当時の記録より、今回は番外編として吉原芸者衆の当時の姿を振り返ってみました。

 

 

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